2017年2月、埼玉の物流センターで火災が発生し、大きな被害を被ったアスクル。
消火まで6日間要したことも、話題を呼びました。
そんな成長真っただ中のアスクルに起こった火災は、決算書にどんな影響を与えたのでしょうか?
今回は、アスクルの2017年5月期の決算書を取り上げ、火災によってどんな変化を遂げたのかを見てみます💫
出荷の滞りと大きな損失で赤字の危機
まずは、火災がアスクルの利益に与えた影響を見てみましょう🗝
利益には2つの側面から悪い影響を及ぼしています。1つは商売の滞りによる利益の抑制、もう1つは火災そのものによる損失です。
商売の滞りによって抑えられた営業利益
火災の発生した物流拠点が機能しなくなったために、一時期は注文を制限しなくてはなりませんでした。
まさに成長軌道に乗せようとしていたロハコの商品の多くは、火災が発生した物流施設で保管していました。そのため、ロハコの売上高は想定よりも20%ほど下回ってしまったのです。
また、出荷の遅れを挽回するために、臨時の物流センターで夜勤対応をして出荷を行っていました。このことは、物流費や、臨時の物流センターの賃借料といった経費の増加につながりました。
思うように伸びなかった売上高と増加した経費は、わずかですが営業利益率の低下を招いてしまいます。
🔹2016年5月期(火災発生前)…売上高 3150億円、営業利益率 2.7%
🔹2017年5月期(火災発生後)…売上高 3359億円、営業利益率 2.6%
それでも、成長真っただ中の勢いに支えられ、売上高も営業利益も前年度から増やすことに成功していますね💫
赤字目前だった最終損益
商売活動の成果を表す営業利益はなんとか増益を確保したものの、アスクルの利益にはさらなる試練が待ち受けていました。
それは、特別損失と特別利益の存在。
よほど特別な出来事がない限り、損益計算書には特別損失も特別利益も計上されません。
2017年5月期は、火災によって生じた特別損失と特別利益がアスクルの業績を大きく左右することとなったのです。
特別損失の内容とは?
まず、特別損失にはアスクルが負った火災そのもののダメージが表れました。それは、火災によって物流設備や商品が被った損害です。
火災の影響により、建物はダメージを受け、商品は焼けてしまいました。商品が失われた損失、建物の解体費用、代わりとなる物流設備の再構築費用などを合わせて112億円もの特別損失が計上されたのです。
なぜ特別利益があったのか?
しかし、アスクルはいざという時に備えて火災保険と運送保険をかけていました。
保険会社から保険金の支払案内が届いたのが、年度末を目前にした2017年4月と5月。それぞれ27億円、21億円の保険金を支払うという内容でした。
そのため、損益計算書には合計49億円の受取保険金が特別利益として計上されたのです。
どちらに転ぶか分からなかった最終損益
結果として、最終損益である当期純利益は10億円となりました。前年と比べれば金額は5分の1になってしまいましたが、特別利益があったおかげで何とか黒字を確保したのです。
保険金は、保険会社からの支払額が確定した後に利益として計上します。
もし、火災の時期がもう少し後だったら、2017年5月期の決算には保険金の支払案内は間に合わなかったかもしれません。そうなれば、アスクルの最終損益は赤字となっていたのです。
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現預金が増えている理由とは?
今度は貸借対照表に目を移してみましょう🌟
すると、1年の間に「現金及び預金」が200億円近くも増え、前年度末の1.6倍に膨れ上がっていることが分かります。
一方、損益計算書を見ると、火災で生じた特別損失が響き、最終利益は10億円しか出ていません。借入れを行ったことを考慮しても、現預金の増え幅は大きすぎます。
実は、これも火災が原因なんですね。
このように、損益と現預金の足並みにずれが生じているのは、損失の中にまだ支払いが行われていないもの、もしくは、そもそも今後支払う必要がないものがあるためなのです。
支払う必要のない火災損失とは?
火災損失112億円の内訳を見てみると、
🔹商品の滅失損 25億円
🔹建物の解体・撤去費用等 12億円
🔹建物の再構築費用 66億円
🔹その他 8億円
となっています。
商品の滅失損は、火災によって商品が焼失し販売することが不可能となったために、商品残高(=過去に仕入れた金額)を損失に変えたものです。商品自体は過去に支払いを済ませているため、今後支払いが必要になるわけではありません。
商品としての資産価値が失われたこと、過去のキャッシュアウトがムダになったことに対する損失なのです。
火災損失引当金の出現が示すこと
火災損失のうち支払いが必要となってくるのは、主に建物の解体・撤去費用等12億円と建物の再構築費用66億円です。ただ、2017年5月時点では、まだ支払いは行われておりません。
そのため、貸借対照表の負債の部にはほぼ同額の「火災損失引当金」が登場しています。
引当金は、将来支いが必要となる可能性が高く、かつその原因がすでに生じているものについて、支払い義務(=将来のキャッシュ流出)を表すために計上されるものです。
2017年5月期に生じた火災によって、近い将来、アスクルは焼けた物流施設の解体や再構築にかかる支払いをする可能性が高くなりました。この将来の出費の存在を、引当金を計上することで表しているのです。
建物の解体・撤去費用等12億円と建物の再構築費用66億円という特別損失は、「火災損失引当金」とセットで登場したのです。
引当金の意味や、引当金と損失の関係は、こちらで詳しく解説しています(↓)
損益と現預金の動きが異なる理由
特別利益に計上された保険金は2017年5月まで(決算前)に入金されています。
一方、特別損失に計上された火災損失の大半は、まだ支払いが行われていない、もしくは、そもそも支払いが必要ないものです。
このように、キャッシュの出入りと特別損失・特別利益といった損益が動きが一致していないために、損益と現預金の動きにズレが生じたのです。
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火災によりキャッシュがいくら動いたかを知る方法
特別損益に該当する入出金額を知るためには?
ここまでにご紹介した2017年5月期の現預金の動きは、キャッシュ・フロー計算書を見ればつかむことができます。
キャッシュ・フロー計算書の「営業活動によるキャッシュ・フロー」は間接法により表示しているため、販売や仕入によっていくら入金・出金があったかをダイレクトに把握することはできません。
しかし、実は「営業活動によるキャッシュ・フロー」の小計以下には、特別損益に掲載されるような項目(投資活動、財務活動に関するものを除く)の入金額、支払額がそのまま記載してあるのです。
火災によってアスクルはいくら支払ったのか
2017年5月期のアスクルのキャッシュ・フロー計算書を見てみましょう。
「営業活動によるキャッシュ・フロー」の小計以下には、「保険金の受取額」が+49億円、「火災による支払額」が△2億円と記載してあります。
特別利益に計上した「受取保険金」49億円がすでに入金されているとともに、特別損失である「火災損失」112億円に該当する出金はまだ殆んどないことが分かります。
言いかえると、翌期以降に、火災損失に該当する大きな出金があることを意味します。
キャッシュ・フロー計算書の超基礎的な読み方はこちらで解説しています(↓)
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まとめ
1.火災によって出荷が滞ったことや、建物・商品がダメージを受けたことによって、アスクルの2017年5月期の利益は抑えられたものの、何とか黒字を確保した。
2.特別利益の「受取配当金」に該当する入金はすでにあったものの、特別損失の「火災損失」に該当する出金はまだ殆んど無かったことから、現預金が大きく増加した。
3.今後「火災損失」に該当する大きな支払いがあることは、貸借対照表の「火災損失引当金」の存在が示している。