まずは三菱重工の事業をさらりとチェック!収益の柱はどれ?
ロケット、新幹線、戦闘機、エアコン、フェリー、原子力発電設備…
これらはすべて、三菱重工の作っている製品です。このように、三菱重工は高度な技術を要する製品を幅広く抱えている企業です。
そんな三菱重工の収益の柱となっているのは、まずは火力発電のガスタービンといったエネルギー関連、そして製鉄機械やコンプレッサなどの機械です。
三菱重工といえば、近年はMRI(ジェット旅客機)や豪華客船に関連したニュースが話題に上りましたね。実は、これらの事業は三菱重工の主力と言えるような規模ではありません。
数え切れないほど並べられた製品ラインナップの中の1つなんですね。
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なぜ大型客船事業から損失が出たの?
豪華客船が大赤字になった理由
今回のテーマである大型豪華客船からは、なぜ損失が出たのでしょうか?
ニュースに取り上げられた豪華客船とは、2011年に世界最大手のクルーズ会社から受注した大型客船2隻です。
従来より、多様な船舶を作ってきた三菱重工でしたが、この規模の大型客船を作るのは10年ぶりだったそうです。そして、この空いた期間が、損失が生まれる1つの原因となったのです。
10年の間に客船の技術やトレンドも移り変わっていきます。
実際に客船の建造が始まってみると、受注時に想定していた以上に手間取り、工数も増えていきました。こうして、工事にかかる原価がみるみるまに膨らんでいったのです。
言ってしまえば、新しい技術と仕様を盛り込んだ豪華客船を建造するのに、当時の三菱重工ではあと一歩力が及ばなかったのです…(もちろん素晴らしい技術を持っている企業ですし、他の分野では世界有数の地位を築いています!)。
しばらく大型客船の受注を取り逃がしていたため、そのリスクをしっかり認識しないまま受注を急いでしまったことが、今回の損失につながりました。もともと、厳しい価格設定ではありましたが、ここまで損失が膨れ上がるとは思ってもみなかったのです。
どれだけ損失が出たの?
今回の大型客船2隻からは、いわゆる受注損失引当金(工事契約から見込まれる赤字をあらかじめ引き当てたもの)を計上したことにより損失が発生しました。これにより、受注した2011年度から完成直前の2016年度までにわたって、損益計算書に損失が反映されていったのです。
受注損失引当金とは…
受注した工事契約のうち、今後発生が予想される赤字の金額を負債に計上したものです。作業を進めるのを待たずに、赤字を認識した時点で受注損失引当金を計上します。
※今回の大型客船の場合、工事を進めるにつれて原価見通しが膨らみ赤字が増えていったので、複数年にわたって受注損失引当金(決算書では「客船事業関連損失引当金」という名称を使っています)が計上されました。
受注損失引当金を計上すると、計上した金額だけ売上原価に費用(損失)が計上されます。
※三菱重工の大型客船に関する受注損失引当金(客船事業関連損失引当金)の場合は、継続的な事業から発生する損失ではないと位置付けられたため特別損失に計上しています。
大型客船から生じたこれらの赤字額を累計すると、2700億円ほどです。
1案件から出る損失としては、かなりの規模ですね!カルビーやエービーシー・マートの売上高と匹敵する金額です。
この赤字が三菱重工の決算書にどのような影響を与えたのでしょうか?次のパートから見てみましょう😊
利益とキャッシュに与えた影響を見てみよう
赤字になった年はある?
巨額な赤字案件であったとはいえ、大型客船を受注した2011年度から引渡すまでの期間、三菱重工が年間で赤字になった年はありません!
理由の1つは、そもそもの三菱重工の利益規模がとても大きいこと、もう1つは大型客船の損失が複数年にわたって計上されたことです。
三菱重工のここ数年の業績は、売上高で3~4兆円、税引前利益で2000億円前後です。日本有数の規模感を持つ三菱重工は多くの事業を手掛けているため、1案件の損失だけではそう簡単に利益はひっくり返りません。
しかし、もし大型客船の2700億円の損失が一度に計上されていたら…おそらくその年の利益は赤字になっていたと思います!
工事が進むにつれて徐々に原価見通しが膨らんでいったために損失が各年に分散され、結果として三菱重工は赤字転落を免れたのです。(初めから原価が見通されていれば、その時にまとめて損失が計上されます)
そう考えると、三菱重工にとってもかなりインパクトの大きい案件であったと言えます。
もしこの損失が無かったら、もう1段上の利益額を達成できていたのです。特に損失が大きく計上されていた2013年度~2016年度は、税引前利益ベースで1.2~1.8倍ほどの金額を達成できていたと考えられます。
キャッシュフローへの影響は?
実は、大型客船の建造に取り組んでいる間、三菱重工の売上高はどんどん成長していきました(3兆円弱から4兆円規模へ)。
この間、三菱重工は多方面でM&Aを繰り返し、企業規模をどんどん拡大していったのです。
一方で、本業から獲得したキャッシュを表す「営業活動によるキャッシュフロー」を見てみると、売上高に見合った成長を見せていません。この、キャッシュフローを停滞させた原因の1つが、大型客船案件なのです。
たとえ大型客船の契約金が前払いされていたとしても、建造中はそれをはるかに上回るキャッシュが出ていっています。そのため、大型客船の建造は「営業活動によるキャッシュフロー」をマイナス側に引っ張る働きをしたんですね。
M&Aで多額の資金を使っていたため、本当であれば本業からもっとキャッシュが欲しかったところだと思います。2016年度に行った横浜ビルの売却は、本業以外でもキャッシュを獲得しようとした動きの表れですね。
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財務基盤に与えた影響を見てみよう
財務基盤は悪化した?
財務基盤の安定性を表す自己資本比率については、大型客船を建造している期間、大きく変動したということはありませんでした。
自己資本比率とは…
企業が事業に使っている資金のうち、返済が不要な資金(自己資本)が占める割合を表します。自己資本比率が高いほど、返済期限に追われずに使える資金が多いのです。
自己資本比率が低下する1つの原因は、赤字を出してしまうことです(赤字を出すと自己資本が減るためです)。
三菱重工の損益面で見ると、大型客船の建造によって赤字になった年度はありません。そのため、大きな損失を出したとはいえ、自己資本比率を引き下げる要因にはならなかったのです。
また、借金に着目して見ると、大型客船を受注した後も残高が減っていく傾向にあります。三菱重工は借金の削減を目標に掲げており、稼いだキャッシュを借金の返済に充てているのですね。
複数の収益源を抱える三菱重工では、大型客船の損失を被っても、借金を返済し続けられるほどのキャッシュ創出力があったのです。
もし大型客船の損失がなかったら
…とは言っても、もし大型客船の損失が無かったら、もっとたくさんの利益を獲得できたはずです。そうすれば、今よりももっと自己資本が厚みを増したことでしょう。
その場合、自己資本比率は今よりも2~3%(借金をもっと返済できていたのならさらに大きな割合で)高めることができたと考えられます(※ちなみに、2017年12月末時点の三菱重工の自己資本比率は31.3%です)。
三菱重工ほどの規模では、たとえ数%でも自己資本比率を動かすのは容易なことではありません。1案件でこれだけの影響を与えたことを考えると、大型客船の損失がいかに大きかったかが分かります。
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まとめ
今回の大型客船の建造によって、従来よりも経営状態が悪化することはありませんでした。
ですが、もし赤字にならなければ…ここ数年の利益やキャッシュはもう1ランク上のレベルを達成できたでしょうし、それを基に財務基盤をさらに強固なものにできたことと思います。
とはいえ、今回の大きな損失は、三菱重工が従来の企業の在り方から脱しようとしたチャレンジの裏返しであるとも取れます。
昨今の三菱重工は、M&Aを活用して今ある事業を拡大するとともに、新たな事業も展開していこうとしています。そこには当然リスクはつきまといますが、成功すれば大きな収穫を得られます(難航しているMRJもそうですね)。
今回の損失を受けて三菱重工は大型客船事業から撤退することに決めたものの、この案件からは損失以外にも得たものがありました。コストの見積もり方法や、工事の進め方についての学び、大型客船を作る中で確立した技術などなど…これらは、今後、中小型客船の事業や他の事業においても生かしていけると思います。
大きな挑戦を続けさらなる飛躍を目指す三菱重工に、今後も期待したいですね😊